クラッチのお手軽チューニング

パワーを上げていくと、XJR1300のクラッチは、思いの外、簡単に滑り出します。一度滑り出したクラッチは、酷くなっても、良くなることはありません。アクセルの開け方や走り方にもよるとは思いますが、中にはキャブレターをTMRに変更しただけで、滑り出す場合もあります。

まあ基本設計が「FJ1100」ですから、そこまでのパワーを想定しているハズもなく、仕方のないことかなぁ、と思います。


XJR1300の純正クラッチ

XJR1300の純正クラッチ
XJR1300の純正クラッチ

これが、XJR1300の純正クラッチです。XJR1200でも、もちろん同じです。

既に30年近く前になりますが、購入したXJR1200のクラッチを見て、驚いたものです。それまでに、このようなダイヤフラム式のクラッチは、見たことがありませんでしたから。

しかも、この見たこともないクラッチが、パワーを上げると簡単に滑るのです。おそらくドラッグレース用かと思いますが、FJ用の強化クラッチなるものが、当時でもありました。ただ、アメリカから輸入する必要がありましたので、時間が掛かります。クラッチ板の精度も、あまり良くはありませんでした。スタート前にニュートラルを出そうと思っても、エンジンを掛けた状態では、まずニュートラルが出ないような物でした。

当時は、今よりもはるかにレースに使うことのできる資金も少なく、ハウジング類などに傷みがあっても、交換したくても出来ない状態でした。そのような状態で走っていたのも、原因だったかとは思います。

レースでは、スタート前にサイティングラップと呼ばれる周回があります。グリッドでエンジンを掛け、スタート前に1周、走行するのです。グリッドに付いた後は、エンジンを掛けたままスタートの合図を待ちます。当然ですがエンジンは掛かっています。待たされる間、一旦ニュートラルにしたくても、どう頑張っても、ニュートラルは出せませんでした。

当時使っていたマスターシリンダーでは、レバーを握ってもクラッチは完全には切れず、しかもニュートラルが出ないのです。従って、停止前にニュートラルにするべく、最終コーナー手前のストレートでは、左足を何度も動かします。どうにかしてニュートラルを出そうと、何度も試みます。しかしニュートラルが出るのは、3レースに1回程度でした。

運良くニュートラルになっても、そんな時に限って、自分のグリッドまで惰性で行けるスピードが出ていなくて、再度ギアを入れるか、両足をバタバタさせて、何とかグリッドまで行くか、そんなことをしていました。

ですから、クラッチはよく分解したり、あれこれと対策したり、試行錯誤ばかりしていた記憶があります。スタートの良い思い出が無いのは、そんなことも影響している気がします。


ダイヤフラム式の強化クラッチ

アメリカ製のコイルスプリング式クラッチは、当時の私の勉強不足もありましたが、お世辞にも使い勝手が良いとは言えないような物でした。

そんな時、当時XJR1200をベースに、様々な事にチャレンジしているショップのメカニックの方から、一つのアドバイスを頂きました。筑波サーキットの走行で、エンジンやクラッチに何かしらのトラブルが発生すると、常に部品を在庫しているそのショップに立ち寄り、部品を分けて頂いていた頃のことでした。

『クラッチは、ノーマルの板バネを2枚重ねると、簡単には滑らなくなるよ。』

その方法を試したところ、確かにクラッチの滑りは無くなりました。レバーの操作が重くなりましたが、それは仕方ありません。半クラッチのフィーリングも、コイルスプリング式とは異なっており、慣れが必要でした。でも、それだけで滑らなくなりました。

この方法は、安くて簡単ですので、今でもお客様にお勧めすることがあります。左手のレバー操作の重さに耐えられない方は、クラッチマスターをラジアルタイプに変更すれば、相当に改善されます。


コイルスプリング式、強化クラッチ

1300エンジンをレースに使うようになった頃、コイルスプリング式の強化クラッチが、以前からあったアメリカ製とは異なるメーカーから、発売されるようになりました。

FCC製コイルスプリング式クラッチ
FCC製コイルスプリング式クラッチ

フリクションプレートの材質も、純正クラッチとは異なるようです。筑波サーキットで2年くらい使っても、滑ることは無くなりました。

レース用車両には良いのですが、ストリート用のXJR1300には、ちょっとばかり高価な気もしましたので、そんな時は、板バネ2枚作戦で走っていました。


フリクションプレートの、ちょっとした工夫

FCC製のコイルスプリング式クラッチキットでは、一番奥のフリクションプレートが、通常タイプに変わっています。

クラッチ奥のフリクションプレート
クラッチ奥のフリクションプレート

これは、純正クラッチの一番奥に入っている、フリクションプレートです。この一番奥と一番手前側の2枚は、通常タイプとは異なり、幅の狭いものが使われています。

一番奥側は、幅が狭くなった分、写真のように内側に、金属製のプレートとダイヤフラム方式のスプリングが収まっており、金属製のワイヤーで動きを制限しています。何故、このような仕組みになっているのかは、詳しくは知りません。クラッチの切れを良くするため、とか、ニュートラルを出しやすくするため、と聞いたことがありますが、真相はどうなのでしょうか。

この幅の狭いフリクションプレート、私は1200の時代から、使っていません。スプリングやワイヤーなど、不要と思えるパーツは外しています。それでも不具合を感じたことは、ありません。ストリート用でもレース用エンジンでも、昔から使っていません。

そもそも、フリクションプレートの幅が狭くなれば、その分、クラッチの性能は弱まる気がしていました。面積は広い方が、より滑りにくくなる、と考えていました。

今でも、多くのお客様のクラッチには、このワイヤーやスプリングシートは、入れていません。STDを希望される方には、取り付けていますが、TMRキャブレターを装着したパワーアップしたエンジンでは、このワイヤーやスプリングシートは、取り外しています。通常の、幅の広いフリクションプレートを、一番奥にもセットしています。

細かいことかもしれませんが、オートバイなんて、細かな積み重ねで、良くも悪くもなります。クラッチの滑りでお困りの方は、試してみるのも良いかと思います。


クラッチは、思った以上に酷使されています。

分解したプッシュレバー
分解したクラッチのプッシュレバー

これは、オーバーホールの為に分解したプッシュレバーです。私は、サービスマニュアルに記載されている「プッシュレバー」という名称を使っていますが、世間的には、「クラッチレリーズ」と言われているパーツです。

ここからのオイル漏れは、XJRの持病のように言われることがありますが、それは少し違っていると思います。持病ではなく、単なるメンテナンス不足です。

所有している車両を『愛車』と言ったりしますが、本当にそうであるのなら、もう少し愛情を持って、普段からメンテナンスしてあげて欲しいな、と感じます。

エンジンを降ろした際に、ついでにプッシュレバーもオーバーホールすることは多いですが、その多くは、非常に汚れているものです。中には、ピストンはサビており固着寸前、といった状態の物もありました。フルードが減っていることに気づかずに、ピストンが動かなくなったプッシュレバーも、見たことがあります。出先でそのような事になったら、楽しいはずのツーリングも、楽しくなくなります。

数年に一度で良いので、分解オーバーホールをして、オイルシールを交換して下さい。オイルが漏れるようになったら、放置しないでください。


クラッチマスターのオイルタンク
クラッチマスターのオイルタンク

この写真は、純正クラッチマスターのオイルタンクの底です。汚れやスラッジが溜まっています。良い状態とは、間違っても言えませんね。

もし機会があれば比較して欲しいのですが、同時期にフルード交換をしたブレーキとクラッチ、どちらが早く汚れるのかを。

圧倒的に、クラッチフルードです。しかし多くの方は、ブレーキは気にしても、クラッチはあまり気にしません。車検時にショップに出される方は、ショップ任せだと思います。

出来ればクラッチフルードも、時折で良いですから、交換してあげて下さい。そうすれば、もしプッシュレバーからオイル漏れが発生していても、すぐに気が付くでしょう。

クラッチは、シフトアップ・シフトダウンの度に使われています。汚れたり傷んだりするのも、当然かもしれません。