キャブレターのオーバーホールについて
ヨシムラTMR-MJNキャブレターのクリ-ニング
「中古車で購入したXJR1300に装着されているTMRキャブレターを、オーバーホールしたい!」
「ノーマルエンジンにヨシムラTMR-MJNを付けていますが、アイドリングが安定しません。回転の戻りも悪いです。気持ちよく乗りたいです。」
「TMRをオークションで購入しました。アクセルを一気に全開にすると回転数が上がりません。またプラグもよくカブリ気味になり、困っています。オーバーホールは可能でしょうか?」
「キャブはミクニのTMRなのですが、オーバーホールだけでもしていただけるのでしょうか?」
このように、TMRキャブレターだけでも、オーバーホールについてこのようなお問合せを頂きます。今回は、キャブレターのオーバーホールについて、普段はなかなかお伝えできないことも含め、お伝えしたいと思います。
オーバーホールとクリーニングについて
キャブレターの場合、私はよく『キャブをクリーニングする』という表現をします。本来であれば交換すべきパーツを交換しないで清掃するので、オーバーホールではなくクリーニング、と言っているのです。
私が考える『オーバーホール』とは、消耗品やリング、パッキン類を交換し、機能・性能を新品時に戻す作業だと考えています。
試しに、「ウィキペディア(Wikipedia)」でオーバーホール(Overhaul)を調べると、以下のように記載がありました。
オーバーホールとは、機械製品を部品単位まで分解して清掃・再組み立てを行い、新品時の性能状態に戻す作業のことである。通常の点検作業では出来ない清掃作業や劣化部品の交換、調整を主目的とする。
<メリット>
- 部品単位まで分解を行うため部品単位の点検、交換が容易になる。
- 新規に改良を加えた部品に交換することが容易になり、製品製造時より信頼性が上がることもある。
<デメリット>
- 機械を細かく分解するため、多くの手間と時間がかかる。
- 再組み立ての際、ある程度の技術と知識を伴う。
- 1回あたりの費用が高い。
世間で言われている『オーバーホール』は、その定義も考え方も結構いい加減です。人によって認識が全く異なります。ただ私は、部品交換もしないのではオーバーホールにならないと思っていますので、あえて『クリーニング』と言って使い分けているだけです。
例えばFフォークのオーバーホールであれば、オイルシールやダストシール、スライドメタル等は交換して当たり前です。オイル交換やスプリング交換をすることは、オーバーホールでも何でもありません。ただの交換作業です。
ブレーキキャリパーでも同じです。パッドやピンを取り外しキレイに清掃することは、あくまでもクリーニングです。ピストンのシール交換までして、初めてオーバーホールと言えると思っています。
キャブレターの『オーバーホール』であれば、最低でもOリングやパッキン類は全て交換するべきです。本来であれば、傷んでいたり消耗している部品は、全て交換するものです。たとえスロットルバルブでも、傷んでいる場合は交換です。
純正キャブレターのオーバーホール
純正キャブレターのクリ-ニング
20年も経過している純正キャブレターのオーバーホールは、実は簡単ではありません。多くの場合、簡単には直りません。詳しくは、以下をご一読ください。
分解前まで普通に走行出来ていた車両ならまだしも、一定期間動かしていなかった車両、長期間保管していたキャブレター、分解時には既に調子が悪かったキャブレターの場合は、調子を良くすることは相当に難しいと思って下さい。
それでも完調を目指すのであれば、コストを掛けての各パーツ交換は、最低でも必要です。それでも調子が良くなる保証はありません。『純正キャブレターのトラブル』にも記載しておりますが、そこまでのコストを掛けるのであれば、予備のキャブレターを入手するのがお勧めです。私も、お客様の車両で何度も純正キャブレター交換をしています。
現在、純正キャブレターの調子が悪いとお感じであれば、オーバーホールすれば調子は良くなる、と安易にはお考えにならない方が良いでしょう。オーバーホールしても調子良くならないケースの方が、圧倒的に多いですから。
見ることが出来ない内部通路が詰まっていたり腐食していた場合、お手上げです。パーツ交換では直すことは出来ません。しかも、純正キャブレターの新品は、既に販売していません。
古い純正キャブレターの調子が悪く、クリーニングでも直らない場合は、別のキャブレターを用意するのが最善の策だと思います。何度も調子の良くならない純正キャブレターを分解しました。何度もクリーナーボックスとシリンダーヘッドの狭い隙間に、純正キャブレターを付けたり外したり、といった作業をしました。それでも直らないキャブレターはたくさんあります。こうなると、もう私の手には負えません。どこに居るのか分かりませんが、そこまでいくと完全にキャブ屋さんの仕事だと思われます。
レーシングキャブレターであれば、多少のお時間は必要ですが、まだ新品でキャブレターを購入することが可能です。調子悪さが改善出来ないキャブレターの場合は、新品購入が最善の策です。
TMRキャブレターの場合
TMRキャブレターをオーバーホールして欲しい、というご相談は、よく頂きます。そこでちょっと考えて頂きたいことは、『オーバーホールの目的』です。何のためにオーバーホールするのか?ということです。
「調子良くして欲しいんだよ!」
言いたいことは良く分かります。ほとんどの方の『オーバーホールの目的』は、調子を良くすることです。つまり、調子を良くして欲しいということは、今は調子が良くない、ということです。
では現在の調子の悪さは、果たしてキャブレターのオーバーホールで直るものなのでしょうか・・・?
多くの方は、
調子が悪い。 ⇒ オーバーホールすれば調子良くなる。
と考えます。でも、そう簡単にはいきません。
これは、他店で少し前にオーバーホールされたという、古いTMRキャブレターです。調子が悪いので見て欲しい、ということで来店されました。
初期のタイプで相当に年数も経っています。いろいろな問題もありそうです。でもご近所の方なので、とにかく取り外して見てみました。
フロートチャンバーを外すと、Oリングに液体ガスケットがベットリと塗られています。通常Oリング類には、液体ガスケットは塗りません。新品に交換するものです。フロートチャンバーの底も汚れています。
時折見る光景ですが、不思議です。このような作業をするショップがどのようなオーバーホール作業をするのかは、容易に想像できます。これで調子が良くなっていれば良いのでしょうか、現実にはそうはいかないようです。
Oリングを外しましたが、残った液体ガスケットをキレイに除去する必要があります。この状態で新品のOリングを組む気にはなれません。もし、この液体ガスケットのカスをそのままにして新品のOリングを組むショップがあれば、そこの提供するサービスも疑った方が良いかもしれません。
ニードルバルブを外すと、大きな異物が幾つも付着しています。とても少し前にオーバーホールをしたキャブレターとは思えません。
この状態で、ガソリンが不足なく流れるものなのでしょうか?これで『オーバーホールしました。』とお客様に伝えるのも、相当に勇気が要ることかと思います。
オーバーホールの目的は?
『キャブレターをオーバーホールしたい!』と考えるということは、キャブレターが原因だと思われる不調がある、ということです。何もなければ、調子良く走っているのであれば、普通はキャブレターをオーバーホールしたい、とは考えません。
ここで問題になるのは、『キャブレターをオーバーホールしたい!』と考えるに至った不調は、キャブレターのオーバーホールで本当に直るのか?ということです。
ここではレーシングキャブレターについてお伝えしていますが、純正キャブレターでもおおよそは同じです。ただ使用条件や不調に至る原因は大きく異なりますので、あくまでも今回はレーシングキャブレターについての話だとご認識ください。
不調の原因
今まで調子よく走っていた、というのであれば、キャブレター内で何かが起きている、ということになります。
中古で入手した車両に装着されていた、中古のキャブレターを入手した、というのであれば、何が原因かは分かりませんので、全てを疑ってみる必要があります。
ただ、レーシングキャブレターの不調で一番多いのは、やはりセッティングが合っていない、ということでしょう。
レーシングキャブレターですから、本来の使用目的は『レース・サーキット走行』です。速く走れるようにする為の道具です。ですからその道具の使い方は、ユーザーの責任になります。「〇〇で買ったキャブはセッティングが合っていた、今一つだった。」などというのは、通用する話ではありません。
ご自身でセッティング作業が出来ないのであれば、専門家や精通している方に依頼した方が、コストも時間も結果的には安く済むと思います。何より、調子悪いまま乗るのは、つまらないものです。
セッティング以外での不調の原因は、「ノーメンテナンス」による汚れや異物等によるものが多い気がします。
ファンネルむき出しで走行している車両では、ちょっとした事で不調になります。これは私も何度も経験しています。一番分かりやすい例では、工事中の埃の舞う砂利がむき出しの道路をゆっくり50メートル走っただけで、不調になりました。この程度では、クリーニングしてやれば簡単に調子は戻ります。
ただ、長年放置されたキャブレターでは、そうはいきません。分解して見れば分かりますが、内部は酷く汚れています。スロットルバルブに異常が見られることもあります。上記の写真のようなキャブレターでは、各通路がどうなっているかも非常に心配になります。
場合によっては、Vシール等の通常では非分解とされる箇所のパーツ交換が必要になることもあります。そうなると、オートバイ屋さんでどうこう出来る範囲を超えます。非分解箇所ですので、メーカーからパーツも出てきません。
不調のレーシングキャブレター、特に古いキャブレターでは、このようなことが複合的に起こっていて調子が悪い、ということが、当たり前のようによくあります。ですから、
『オーバーホールしてください!』
と言われても、それだけで調子が良くなるとは限らない、ということです。
セッティングが合っていないキャブレターを、どれだけ丁寧にオーバーホールしたところで、調子良く楽しく走るようにはなりません。内部通路の摩耗や詰まりは、簡単には直りません。消耗パーツはたとえ高価な部品であっても、交換する必要があります。非分解箇所は、簡単にパーツ交換は出来ません。
以上のことから、
調子が悪い。 ⇒ オーバーホールすれば調子良くなる。
と安易に考えても、そう簡単にはいかない場合もあることを、ご理解頂ければと思います。
ちなみに、私が絶対に中古を購入してはいけない、と考える部品の筆頭が、レーシングキャブレターとサスペンションです。
オークション等では結構な高値で取引されているようですが、まず専門家でのオーバーホールは必須です。場合によっては、交換が必要なパーツも出てきます。程度によっては、5~10万円は簡単に掛かります。新品を買った方が良かった・・・、といったケースもあります。
「安物買いの銭失い」にならないよう、お気を付けください。
TMRキャブレターのご相談は・・・
今回お伝えしたようなことが、最近はよくあります。不調の原因を探すにも、時間がかかります。直すとなれば、当然コストも掛かってきます。
ですから、特に古いTMRキャブレターの場合、オーバーホールやセッティング作業をお請けしないケースも、今後は出てくると思われます。簡単に直らないケースがよくあるからです。
オーバーホールの目的が『調子良く走る』ことなのに、オーバーホールしても調子が良くならなければ、誰だってお金は払いたくないでしょう。そのような方に、「原因はセッティングです。」とお伝えしても、大抵の場合は納得しません。
でも、無料でセッティング作業をする訳にもいかないのです。オーバーホールとセッティングは、全く別の作業になります。目的も別です。このあたりのことは、どうかご理解頂ければと思います。
ですから、調子の悪い古いキャブレターをお使いの方は、『新品購入』が断然お得です。今ならまだ新品で購入できます。今後は、そのようなことをお勧めすることもあります。
それらをご理解したうえで、TMRキャブレターについてご相談があれば、お気軽にお問合せくださいませ。