海の向こうからエンジンがやってきた!・その5

今回のオーバーホールですが、性能を上げるための、いわゆるチューニング的な内容の作業は、一切行っておりません。あくまでもオーバーホールであり、目的は機能回復です。

できるだけ新車の時の性能に戻すべく、カーボンや汚れを取り除き、磨耗部品や破損したパーツは交換し、各部をチェックし、丁寧に組み上げていく、といった作業になります。

ポートを削ったり、面研磨したり、チューニングパーツに交換したり、といった作業は、一切していません。もちろん、ヘッド面に歪みがあれば、歪み修正の為の面研磨は行います。バルブフェースにキズや打痕が多ければ、フェース研磨は行います。しかし、あくまでも目的は『機能回復』になります。

とはいえ、オーナー様は現地のディーラーで様々なアドバイスを受けていた事もあり、結構な箇所の部品交換をお考えのようでした。その全てを交換した場合、部品代だけでも相当な金額となり、あまり現実的ではない気がしましたので、分解し、チェック・確認した上で交換が必要な部品は交換しよう、ということで、オーバーホール作業は始まりました。


主な交換部品

インシュレーター

通常のオーバーホールでは、各スタッドボルトやメタル類、ガスケット類、Oリング類等は、もちろん全て交換します。それ以外にも、磨耗具合や傷み具合などから判断して、パーツ交換する場合もあります。

XJR1300のインシュレーター

キャブレター車であれば、このインシュレーター(キャブジョイント)は、少なくても15年は経過しています。オーバーオールに持ち込まれる車両の多くは、20年前後は経過していますので、インシュレーターも20年物、ということになります。

一見すると、全てゴムで出来ているようですが、実は中心部には樹脂製の芯があります。ですからちょっとヒビ割れたからといって、そこからエアーを吸い込むことは、まずありません。しかしゴム製であることには、変わりません。

このインシュレーターですが、レーシングキャブレターを装着している場合は割と簡単に外せますが、エアクリーナーボックスが装着されている純正仕様の場合、キャブレターの脱着作業は結構大変です。せっかくエンジンを降ろしてオーバーホールするのですから、その際に交換したいパーツの一つです。

ということで、今回はこのインシュレーターは、新品に交換することとしました。


カムチェーンテンショナー

カムチェーンが伸びてきた際、伸びたカムチェーンを押して遊びを無くす役目をするパーツです。このパーツの先端が、ゴム製の長いガイド状の「チェーンダンパ」という部品を押すことによって、カムチェーンが抑えられ、チェーンが伸びて増えた“たるみ”を無くす訳です。

XJR1300のカムチェーンテンショナー

カムチェーンは、前側(EX側)にも後ろ側(IN側)にもチェーンダンパがセットされ、前後から挟まれる形で回転しています。そのチェーンダンパはゴム製ですので、オーバーホールする際に必然的に交換していますが、カムチェーンテンショナに関しては、最近までは交換必須、という認識ではありませんでした。

しかし良く見ていただくと、先端部にはゴム製のカバーがあり、これが硬化してヒビ割れしているケースも多くなりました。それだけ古いエンジンになった、ということなのですが、1万円もしない部品ですので、最近は交換することが多くなりました。


ピストン

XJR1300のピストン

最も有名なエンジンパーツが、このピストンですね。誰でもご存知かと思います。

カーボン量は、走行距離だけでなく乗り方や取り扱い方にも左右されるようですが、この程度のカーボン量であれば、特に多い訳でもなく、何ら問題なく走っていられたと思います。

このピストンの交換については、意見が分かれるのかもしれませんが、私の基本スタンスは、『使えるパーツは使う!』ですから、特に磨耗が多かったりキズがある場合を除いて、交換しない事も結構あります。

今回のオーナー様の場合は、消耗や磨耗を心配されている事、もう2度とオーバーホールはしないであろう事、遠方である事(海外に在住)などの理由から、シリンダー・ピストンのセットでの交換を考えていました。

しかし、シリンダーはほとんど磨耗もなく、非常にキレイな状態でしたので再使用することとし、ピストン(ピン・リング含めて)のみの交換となりました。

新品のピストンをコンロッドに取り付けた状態

上の写真は、新品のピストンをコンロッドに取り付けた状態です。当然、ピストンピンやピストンリング、サークリップ等も新品にしています。

シリンダーヘッドもカーボンを落とし、バルブを磨き、丁寧にすり合わせをしましたので、ピストン交換だけでも、十分に性能が回復すると思います。


クラッチ

クラッチは、オーナー様がとても気にされていた箇所の一つです。シフトフィールが今ひとつ気持ちよく無い、とのことでした。現地ディーラーのアドバイスもあり、クラッチは多くの部品を交換することになりました。

新品のクラッチパーツ

ハウジング類(プライマリドリブンギア・クラッチボス)だけでなく、外側から抑えるプレッシャープレート、クラッチプレート、プレッシャープレート等も交換しました。

新品のクラッチパーツ

今回はエンジンのみが送られてきましたので、実際に試乗することは出来ません。オーバーホール前の状態を体感することもできません。しかし、クラッチのフィーリングは相当に改善されたであろうことは、容易に想像できます。

実際に走行された後の、オーナー様の感想が楽しみです。


その他のパーツ類

その他の主な交換パーツを、簡単にご紹介します。

新品のコンロッドパーツ

新品のスタッドボルト

当たり前と言えば当たり前ですが、コンロッドは一旦取り外した場合は、レース用エンジンを除き、メタルを再使用することは、まずありません。コンロッドボルトやナットも、必ず新品にします。

昔は、テイストのような旧車レースだけでなく、全日本や鈴鹿8耐でも、コンロッド破損によるエンジンブローは何度も目にしたものです。スペアパーツも揃っていない、時間が勝負のレース現場ならともかく、予定を組んでオーバーホールするエンジンの場合は、メタルだけでなくボルトやナットも新品に交換することは、ずっと以前から守っています。

もう一つの写真は、クランクケースに取り付けるスタッドボルトです。数種類ありますので、番号を記入して取り付け位置を間違えないよう、組んでいきます。

このスタッドボルトには、通常はゴムのカバーがあります。ゴムですから、当初は弾力がありますが、やがて硬化し、プラスチック状になり、ヒビわれてきます。

この硬化したスタッドボルトのカバーは、悪さこそすれ、良いことなど一つもありません。私は25年以上前から、そう思っています。

そもそも、付いている理由が全く分かりません。振動を抑えたり、音を減少させる目的なのでしょうか。スタッドボルトが貫通している各部品の穴に、異物が落下しないようにするためなのでしょうか。水の浸入を抑えるためなのでしょうか。私にはその目的が全く分かりません。

実際にエンジンを分解していくと、スタッドボルトの付け根付近には大量の砂や異物が溜まっています。ヘッドとシリンダーの合わせ面にあるダウエルピンの一つは、必ずサビて変形していますので、水の浸入云々は、全く関係なさそうです。

そんなゴムカバーが時間と共に硬化し、オーバーホールする頃には、ひび割れたプラスチックに変化しており、それがヘッドやシリンダーに引っかかると、抜き取ることが出来なくなります。ヘッドを外すだけで半日以上掛かった、ということは何度も経験しています。

ひどい場合は、サビたダウエルピンがシリンダーとヘッドを一体化させてしまい、それをどうやっても外せず、シリンダーとヘッドを一緒に、二人掛かりで一日かけて外した、ということもありました。

このゴムカバー、各パーツをキレイに洗浄して組んでいく際にも、同じくらい邪魔をします。スタッドボルトは全て貫通するホール内で直立している訳でもなく、時折組み付けるシリンダーやヘッドの角に当たり、一度引っかかると、分解時と同様、スムーズに動かせなくなります。

それらのことを何度も経験していますので、私は25年以上前から、スタッドボルトを新品に交換する際は、まだゴムが柔らかい新品時に全て切り取ります。このようなゴムカバーは必要ない、と思っていますので、私の組むXJR1300エンジンには、スタッドボルトのゴムカバーは、付いていません。

分解したスタータークラッチ

新品のヘッドカバーボルト

その他、ちょっとした小物パーツですが、シリンダーヘッドカバーのボルトがサビており、ヘッドカバーを塗装した際、目立ちそうです。塗装してエンジンがキレイになるのですから、ボルトも新品に交換しましょう。

スタータークラッチも、悪評だった1200時代から対策はされていますが、時折、トラブル事例を耳にします。ケースを割らないと交換できませんので、主要部品だけは交換することが多くなってきました。出先でセルボタンを押してもエンジンが掛からない、なんていうことになったら、シャレにもなりません。


通常のオーバーホール作業で取り替える部品以外にも、今回はこれらの部品を交換します。その効果は、実際に試乗出来ませんので体感はできませんが、おそらく効果は絶大かと思われます。

オーナー様から感想を聞くのが、今から楽しみです。


オーバーホールのご相談は、お気軽に

長く乗っていれば、消耗したり調子悪くなる箇所も増えてくるものです。壊れてからではなく、壊れる前にオーバーホールするのが、一番の得策です。

楽しいはずのツーリング先で、致命的な故障をしてしまえば、乗って帰ることもできません。一度調子が悪くなると、「また調子悪くなるのか・・・」と心配になり、楽しく走ることも出来なくなります。

15~20年も経過しているXJR1300を、今後も楽しく長く乗るためには、エンジンをオーバーホールするしかありません。オーバーホールのご相談は、お気軽にどうぞ。