海の向こうからエンジンがやってきた!・その1

XJR1300のクランクシャフトとミッション

私は最近では、年に10機程度は、XJRエンジンをクランクまで分解し、組み立てしています。純正仕様のノーマルエンジンから160馬力オーバーまで、仕上げこそ様々ですが、そこにはオーナー様お一人お一人の想いや物語があります。

今回は、そんな中でもちょっとばかり珍しいお客様がおりましたので、その想いやお考えも含めて、ご紹介させて頂こうと思います。なぜ珍しいかって?それは、わざわざ手間とコストを掛けて、遠い海の向こうからこんなオッチャンに、エンジンのオーバーホールを依頼して下さったからです。

昨年末、シンガポール在住の日本人の方から、エンジンとキャブレターのオーバーホールについて、お問合せがありました。それが事の始まりでした。9割の方は、まずは問合せフォームからお問合せやご相談などをされますので、問合せ自体は珍しいことではありません。ただ、それが海外からとなりますと、珍しいというよりも初めての事で、ちょっとばかり驚きました。

内容はといえば、ザックリと以下のような内容でした。

  • 2005年式のUK仕様を購入して、2万マイル走行した。
  • メインハーネス、プラグケーブル等の交換は実施済。
  • ショップからキャブのOHを勧められている。新品キャブも保有している。
  • キャブレターのOHは可能か?
  • エンジンのフルOHにも興味あるが、可能か?

輸送運賃が幾らくらい掛かるのか、私には想像もつきませんが、エンジンやキャブレターを、日本の片田舎にある当ガレージまで送って頂けるのであれば、もちろんオーバーホールは可能です。その旨、先方にもお伝えしました。

以下、先方のご希望やご要望などを、公開できる範囲で掲載させて頂きます。


ご希望1

XJR1300のキャブレター

私はオーバーホールの経験はありませんので、全く分かりません。
逆に言うとここでXJRのエンジンでやらないと、一生オーバーホールをしてもらう経験は無さそうです。

一度エンジンオーバーホールを体験してみたいと言う気持ちが、やってみようと思う動機のほとんどで、必要性を感じていないのは以前書いた通りです。

ハーネス・ケーブル類を替えてみて思うのは、やはり電線やゴム類は15年も経ったら経年劣化しているので、交換しないといけないのだな、と言うことです。
果たして、エンジンのような金属部品もそうなのか?やってみて自分の体験として結論を出したいと思っています。

また、あまり回さない自分の乗り方で、どれくらいカーボンが溜まっているのか、果たしてカム山は齧って(かじって)いるのか?色々見てみたいと思います。


ご希望2

現在乗っている車両のエンジンを降ろし、日本に送ってOHした上で、再度乗れるようになるまで、早く見ても3ヶ月以上は掛かると思われました。

そこで、当ガレージ保有の1300エンジンを同様のメニューでOHし、それをシンガポールに送るのはどうか?とのご提案をさせて頂きました。時間的にもコスト的にも、メリットは多いと感じたからです。

以下は、その私の提案に対するお客様のご回答になります。

ご親切にエンジン載せ替えのご提案、ありがとうございます。

確かにエンジンの輸送費も痛いですし、長期に渡って乗れないのも困った問題ですが、今回のオーバーホールの主たる目的は、新車から乗ってきた自分のエンジンを開けてみると言うことです。

エンジン自体には何の不具合も不満もなく、オーバーホールの必要性すら素人の私には感じられないのですが、そのエンジンをプロの専門家の方にオーバーホールして貰ったら体感が出来るのか?というポイントに興味があります。

そのような理由により、エンジン載せ替えの方が合理的だとは分かりますが、載せ替えの選択肢はありません。


ご希望3

オートバイをショップに預けて、エンジンを降ろす手配も済んだ頃のメール内容になります。

XJR1300のピストン

果たしてたった走行3万キロ程度のエンジンを、ここまで掛けてオーバーホールをする意味があるのか?
しかし、その疑問に答えを出すためにも、やらないことには始まりません。

私はエンジンが好きで、現在も他にも6台ほどバイクを所有しています。
どれも新車で購入して、必ず週一で乗って綺麗に維持してきたものばかりです。

台数が多いせいもあって年間2千キロちょっとしか乗らないので、このXJR以外にエンジンオーバーホールをやる機会は無さそうなので、最初で最後の機会として、大好きなガソリンエンジンのオーバーホールを経験してみたいと思っています。

今回エンジンを開ける上で特に興味があるのは、

  • 1、オイル交換を年一回で来たけれど、これで本当にオイル管理は良かったのか?
  • 2、停車状態の暖気はせずに、すぐに走り出して暖めるようにしていたが、これでカムシャフトなどは齧って(かじって)ないか?
  • 3、取り締まりが厳しくスピードが出せないので、あまり上まで回して来なかったのですが、それでどれくらいカーボンが溜まっているのか?

この3つは、長らく疑問に思っていたので、今回中を見て答えを確認したいと思っています。

やり出したらキリがないのですが、ここまでやって、あとで塗装もしておけばと後悔しても仕方がないので、腰上もケースも再塗装でお願いします。
これも吉と出るかどうか、経験かと思っています。

年々パーツの欠品も増えていきますし、整備をやる人も減ってきています。
ガソリンエンジン自体が風前の灯火のような状態で、これから味のある面白いガソリンエンジンが出てくることもないでしょう。

後悔の無いように仕上げる為、経験のある高野さんにお任せしますので、どうぞよろしくお願いいたします。

ここまで信頼して頂いて、感謝しかありません。オーナー様が、『手間とお金を掛けて日本のオッチャンにオーバーホールしてもらって、本当に良かった!』と言っていただけるよう、いつも以上に頑張らなければなりません。

ただ一つだけ心配なのは、エンジンを掛けての最終チェック・確認作業が出来ないことです。エンジン単体ですので、仕方ありません。


輸送に関してのトラブル発生

私は、海外に行ったり海外から商品を買ったり、輸出入したり、といった経験は、ほとんどありません。今回のエンジンの輸送に関しても、シンガポールのヤマハ代理店や、そのショップと関わりのある代理人の方がいるようですので、私は輸送費や時期以外には、大した心配もしておりませんでした。

3月に入った頃、送り先は法人である必要がある、といった連絡がありました。しかも、どうやらそれだけではありません。オートバイ、できればエンジン単体での輸出入を何度も経験し、その業務に必要な許可を保有していること、といった条件が必要なようです。

そもそもオートバイの輸出入には、素人の私には全く分かりませんでしたが、非常に多くの手続きや手間が掛かり、必要書類を山のように提出しなければならず、素人にはまず不可能であるらしいです。

オートバイメーカーの元社員の方にも相談してみましたが、コストと手間が掛かりすぎるので、現実的ではない、とまで言われました。

なんでも、一度火の入ったエンジン(中古エンジン)は、危険物の扱いになるそうです。対して、全くの新品(一度も火の入っていないエンジン)は、金属の塊だとか。なので、中古エンジンの輸出入は、非常に手間とコストのかかる仕事のようです。エンジン単体ではなく、オートバイ1台の方が、よっぽど楽だろう、とのことでした。

もし、どうしても・・・
ということであれば、以下の順で考えるべき、と元メーカーの方にアドバイスを頂きました。

  • ① 私がシンガポールに行って、作業をしてくる。
    滞在費や手間賃を含めても、一番安く、簡単に出来るだろう、とのことでした。
    「お前が1ヶ月行けば、なんとかなるだろう♪」と、気軽に言っていました (汗・・)。
  • ② 車両丸ごと1台を輸出入する。
    上記で説明したように、「中古エンジン」は、非常にハードルが高いようです。
    降ろしたエンジンを車体に積み込み、車両として送る方が遥かに良い、とのことです。

いやいや、さすがにこの提案①は、私には良いアイデアだとは全く思えません。こう見えても、1ヶ月以上フラっと家を空けられるほど自由人ではありませんし、他にもやらなければならない事もあります。それに、パスポートもありません。

玄関前のプランターに毎日水をあげなければ、花は枯れてしまいます。仏壇やお墓には、いったい誰が花を供えるのでしょうか・・・。近所の運送屋や塗装屋には、誰が冗談を言うのでしょうか・・・。

自分で言うのもナンですが、どれも大した理由ではありませんね。代わりはいくらでもいそうです。でもやはり、シンガポール行きは辞退させて頂きましょう。他のアイデアが出てくれば良いのですが、期待しないで待ちましょう。