ダンボールに入ったエンジン、その5、スタータクラッチについて

エンジンは機械製品ですので、走行距離や時間の経過と共に、消耗・劣化していきます。各部が消耗・劣化すれば、当然ですが性能も落ちていきます。その落ちた性能を新品時の性能に戻す作業が、オーバーホールです。

しかし、ただ性能を戻して、調子良く走るようにするだけでは、古いオートバイを今後も安心して長く楽しむ事はできません。将来起こるかもしれないトラブルを未然に防ぐことも、オーバーホールの大きな目的の一つです。

XJR1300のスタータクラッチ

これが、XJR1300のスタータクラッチです。左が新品で、右がエンジンから取り出したものです。

新品と言っても、スタータクラッチはアッセンブリでの販売はありませんので、パーツから組立てます。

XJR1300のスタータクラッチ部品


FJ系はスタータクラッチが弱い。

XJR1200と、その前身のFJ系は、スタータクラッチが弱点だと言われていました。1200時代は、私自身は壊れたことはありませんでしたが、回りではスタータクラッチが滑るようになって、エンジン始動が困難になった、といった話は、時折耳にしました。

1998年には、XJR1200から1300に変わりますが、その際、スタータクラッチも変更されており、滑り対策がされたようです。実はその後にも、変更されています。

では、1300になった1998年式以降では、スタータクラッチの滑りは無くなったのか?ということですが、当ガレージにも数件ですが、問合せがあります。「XJR1300のスタータクラッチが滑って、エンジンが掛けられない。」といった内容です。

当ガレージへの問合せ以外にも、1300のスタータクラッチの問題は、チラホラですが耳にします。もちろん、使用頻度や年数、管理状態、エンジン始動の方法などで傷み具合は変わってくるでしょう。しかし、XJR1300でもスタータクラッチの滑りが発生している、というのは確かなようです。


XJR1300は押し掛け出来る?

「スタータクラッチが滑って、セルボタンを押してもエンジンが掛からない。」

もし出先でこのような状態になったら、押し掛けでエンジンを掛けるしか方法はありません。XJR1300を一人で押し掛けするのは、相当に大変です。

XJR1300でレースをしていた頃は、押し掛けは当たり前のようにしていました。セルモーターもスタータクラッチも取り外していましたので、そうするしか方法はありませんでした。

ギアを3速、もしくは4速に入れて、20歩くらいクラッチを握ったまま走り、シートに飛び乗ります。それでも寒い時期は、Rタイヤがロックして、路面に黒い線が出来て終わりです。すぐに汗だくになります。息は荒くなり、3回掛からなければ、休憩が必要でした。

圧縮比を高くしていましたので、一人では簡単には掛かりませんでした。サーキットの現場では、知った顔もおりましたので、押すのを手伝ってもらいましたが、一番困ったのは、自宅でエンジンを掛ける時でした。本当に難儀した事を思い出します。

今は、Rタイヤを回す便利なスターターがありますが、当時はそのような贅沢品は持っていませんでした。ですから高圧縮のXJR1300を、何度押し掛けしたか分かりません。

一度、泊りのツーリングに行く際、待ち合わせ場所に到着したら、セルモーターが回りっぱなしになった事がありました。おそらくリレーのトラブルで、仕方なくヒューズを外して、セルが回らないようにしました。

休憩する度にヒューズを抜き差しするのも面倒なので、仲間に手伝ってもらい、押し掛けでエンジンを掛けました。休憩後は、ヘルメット姿のオッサン達が数人、毎回私のオートバイを押していました。

もし、XJR1300の押し掛け回数で表彰される事があれば、私もきっと表彰されるに違いありません。それくらい、おそらく数百回は、XJR1300を押し掛けしてエンジンを掛けています。

だから、押し掛けの大変さは良く分かります。出来れば、もうやりたくはありません。


スタータクラッチの交換方法

スタータクラッチが滑り出したら、交換すれば症状は改善されます。簡単なことです。でも、作業自体は、簡単ではありません。

XJR1300のクランクケース

これは、XJR1300のクランクケースアッパですが、赤の丸印の部分にスタータクラッチは入っています。ここにアクセスするには、クランクケースを割る以外、方法はありません。

XJR1300のクランクケース内部

これが、クランクケースの内部です。写真のように、クランクシャフトとスタータクラッチは、プライマリーチェーンでつながっています。

写真の手前側にセルモーターが付きますが、セルモーターとはギアで接続されています。

写真を見れば分かっていただけると思いますが、丸印のスタータクラッチは、どうやってもこの状態にしなければ、取り出すことは出来そうにありません。つまりスタータクラッチの交換には、エンジンを車体から降ろし、クランクケースを割る必要がある、ということです。

どう考えても、フルオーバーホールと変わらない作業が必要になります。ネット記事を探すと、スタータクラッチの交換だけをしたショップもあるようですが、当ガレージは街の修理工場ではありませんので、申し訳ありませんがお断りさせて頂いております。

今後も長く快調に走らせたいのであれば、スタータクラッチが壊れるくらいのエンジンの状態であるのなら、オーバーホールを同時にする事をお勧めします。

オーバーホールのお客様には、場合によってはスタータクラッチの交換をお勧めする場合もあります。クランクケースまで割ってオーバーホールするのですから、部品代を追加するだけで済みます。

今回の、ダンボール箱に入ってやってきたエンジンのお客様にも、交換をお勧めしました。エンジン内部の様子から、相当な走行距離と時間が経過していると思われ、また分解する前の状態も不明でしたので、保険の意味も兼ねての交換です。

オーバーホールは、機能回復の為の手段です。くたびれたエンジンを快調にして、今後も長く安心して乗るために必要なことです。

各部のカーボンを除去し、消耗パーツを交換し、各部をチェックし、圧縮を回復させて、丁寧に組み上げます。

例えばクラッチが滑り出したら、サイドスタンドを掛けた状態で、簡単に部品交換が出来ます。セルモーターが壊れても、すぐに交換出来ます。でも、スタータクラッチの交換は、そう簡単にはいきません。

もしスタータクラッチにご不安をお持ちなら、オーバーホールを考えてみるのも、一つの方法です。

オーバーホールやカスタムのお問合せがありましたら、いつでもお気軽にご相談ください。

当ガレージの店主が、お一人お一人に出来るだけ詳しく、誠意を持ってご回答させていただきます。