腰上チューニングエンジン、その2

チューニングエンジンの要は、何と言ってもシリンダーヘッドでしょう。

『良い混合気、良い圧縮、良い火花』、これはガソリンエンジンの3大要素で、昔から言われていることです。良い混合気を出来るだけ多く燃焼室に入れてキチンと圧縮した後に強い火花で着火する、簡単に言えばそういうことです。それが出来れば、それだけ多くのエネルギーを発生させる事ができます。

その為には、シリンダーヘッド周りで何が出来るのか、何が効果的なのか・・・そんな事を思いながら作業するのも、また楽しいものです。


ポート加工

ポート加工の終わったシリンダーヘッド
ポート加工の終わったシリンダーヘッド

一昔前のキャブレター車の時代には、ポート研磨は定番のチューニング方法でした。もちろん私のXJR1300では、乗り始めた頃から必ず行っています。

XJR1300にお乗りの方の多くは知っていることですが、インテークマニホールド(キャブジョイント)をFJ用に変更する、というチューニング方法があります。FJ用の方が、内径が大きいためです。

1989年に発売された『FZR750R OW‐01』という車両では、マニホールドの半分が塞がれていました。馬力規制等により、簡単な方法でパワーダウンさせていた訳です。

FJのエンジンを使って国内向けに発売された「XJR1200」ですが、同様の手法でパワーを抑えるため、マニホールドの内径を小さくしたのでしょう。でも、多くのユーザーはモアパワーを求めます。その簡単な方法が、FJ用のマニホールドに換えることだった訳です。

XJR1300の吸気ポートの入口は、33ミリ弱です。それをポート研磨によって38ミリまで広げます。当然マニホールドの内径も、ポートと段差が無いように同サイズまで削ります。

加工して拡大した吸気ポート
加工して拡大した吸気ポート

吸気ポートに合わせて拡大したマニホールド
吸気ポートに合わせて拡大したマニホールド

これらの加工は、できるだけスムーズに多くの混合気を燃焼室に送るためです。当然、バルブシートとの段差も無くします。バルブシートはリング状になっており、機械加工の際の段差が、必ずと言ってよいほど残っているものです。この燃焼室に入る直前の段差も無くし、スムーズに吸入できるようにします。

レース車両では、バルブガイドも削ったこともありました。ただし、鏡面加工と言われるような、ピカピカになるまでは、今は磨きません。

若い頃、雑誌で見たヨシムラの車両などは、コンロッドからポート、バルブまでピカピカに磨かれていたものです。レースを始めた頃、教えてくれる師匠もいませんでしたので、それを真似て同じようにした事があります。大変な労力が必要でした。

現在では、ポートは鏡面にせず、多少粗い方が良いとされています。バルブや排気ポートにカーボンが付着しにくい、といった程度のメリットしかありません。ですので、ポートは鏡面にはしません。

吸気ポート入口の内径を33ミリから38ミリに拡大するだけで、面積計算では855平方ミリが1,134平方ミリになります。「1.33倍」です。3割以上増えている計算です。これって、大きな違いだと思いませんか?

もちろん、これを最大限に生かすには、レーシングキャブレターが必要不可欠にはなりますが。


圧縮の改善

いくら良い混合気をたくさん燃焼室に送り込んでも、圧縮が悪ければ、大きな出力は得られません。計算上、圧縮比が「12.5:1」あったとしても、圧縮漏れしているようでは、思ったようなパワーは得られません。

圧縮漏れの大きな原因の一つが、バルブとバルブシートの密着具合(気密性)です。

バルブは、高速で物凄い回数、バルブシートに当たっています。当然、両方ともに磨耗もします。キズや打痕も発生します。必然的に、気密性も損なわれていきます。

その気密性を取り戻すためにも、バルブの擦り合わせ作業は重要です。エアーで作動するバルブラッパーもありますが、バルブステムの遊びで当たり面が広くなる傾向にあるようで、私は好きではありません。昔の先輩たちにも、「擦り合わせは手でやれ!」と言われていました。

バルブラッパーは楽で短時間で擦り合わせは出来ますが、そんな理由で使用しません。今でも相変わらず、昔の怖い先輩方に教えてもらったように、手作業で擦り合わせをしています。

バルブの擦り合わせの基本は手作業
バルブの擦り合わせは手作業が基本

キレイに仕上がった燃焼室
キレイに仕上がった燃焼室

バルブやシートの傷み具合によっては、シートカットやバルブのフェース研磨が必要になってきます。擦り合わせでは取れないような打痕、キズがある場合に、表面を薄く削ってキレイにする方法です。圧縮を改善させるためにも、傷みがある場合には、ケチらないでやるべきです。

傷んでいるバルブ
傷んでいるEXバルブ

フェース研磨した後のキレイなバルブ
フェース研磨した後のキレイなEXバルブ

今回のエンジンは、訳あってヘッドを1年前に交換しているので、バルブシートもバルブフェースも良好な状態でした。ですので擦り合わせだけでOKでした。


ピストン

ピストンは、非常に重要なチューニングパーツの一つです。主に、圧縮比を上げるためや排気量をアップさせるために交換されます。

XJR1300のボア径は79ミリですが、スリーブ一体式のメッキシリンダーですので、ボアアップはあまり行われていません。従来のボアアップでは、スリーブを作って打ち換えれば可能でしたが、一体式のため、そう簡単には行きません。シリンダーの大掛かりな加工が必要になります。

私はXJR1200時代、STDの77ミリから、79ミリ、80ミリ、82ミリといろいろボアアップしました。XJR1300になってからも、シリンダー交換をして80ミリピストンを使ったこともありました。

結論から言うと、メッキシリンダーをそのまま使い、STDである79ミリのピストンサイズを使用した組み合わせが、最も使いやすかったです。パワー計測では、80ミリよりも良い数字も出ました。

ボアサイズが大きくなるという事は、それだけ多くの混合気を燃やすことができます。一番簡単なパワーアップ方法です。でも、走らせるために必要なのは、パワーだけではありません。消耗品やメンテナンス、壊れるリスク、走り易さも重要な項目です。

私がXJR1300で走っていたのは、筑波サーキットだけでした。ここは、ある種独特なサーキットです。低速の小さく回り込むコーナーが幾つかあり、直線も長くありません。ここでの走り易さを考えると、79ミリピストンが一番でした。

もちろん、多くの手間とコストを掛けられるのであれば、違った選択もしたでしょう。でも、そんな余裕は当時の私にはありませんでした。

某有名ショップが持込んだXJR1300レーサーを何台か見ました。ライダーに話も聞きました。パワーが有り余るほどあると、直線で簡単には全開に出来ません。タイヤの消耗は激しく、エンジンが壊れるリスクも高くなります。全てのパーツが消耗します。油温も高くなります。レースの度にエンジンを開け、必要パーツを交換しなければ、安心して走ることも出来ません。

それらの経験から、私はずっとSTDボアでSTDシリンダーを使い続けています。放熱性や耐久性の良さは、アルミ一体式のメッキシリンダーならではのメリットです。

そもそも、170馬力や180馬力もあるXJR1300では、一般公道で楽しく走れるとも思えません。

話が長くなりましたが、今回のお客様が選んだのは、私が何度かご紹介したことのある、「SOHC製ピストン」です。


SOHC製スペシャルピストン

SOHC製スペシャルピストン
今回のエンジンに組んだSOHC製スペシャルピストン

SOHC製スペシャルピストンについては、何度かご紹介しているので、ここで詳しくは書きません。詳しく知りたい方は、以下をご参照ください。

このピストンは今年の製作分で、出来上がるのを待って組み込み作業をしました。重量も測定しましたが、4つのピストンは軽量の上、コンマ1グラムまで同じ重さでした。ナベさん、さすがです!

SOHC製スペシャルピストン
シリンダーを組んだ状態のSOHC製スペシャルピストン

ここまでくれば、後は組み終わっているシリンダーヘッドを乗せるだけです。