15万キロ超えのエンジン、その1
現在組んでいるエンジンは、なんと走行距離が15万キロを超えています。一通りお話をした後、車両をお預りしてエンジンを降ろしましたが、今まで開けたエンジンの最長走行距離は9万キロ程度でしたので、内部がどのようになっているのか、ドキドキしながらの分解作業になりました。
内部の傷みが酷いエンジンは色々と見てきましたので、走行距離を考えると、いったいどの部分がどの程度傷んでいるのか、興味津々でしたが・・・
ヘッド周り
私たちの年代のレース経験者は、昔はよく「ヤマハのカムジャーナルは弱い」という話を聞いたものです。本当かどうかは分かりません。ただ自分はずっとヤマハ乗りでしたので、エンジンを開ける度に、確かにカムジャーナル部のキズは何度も見ました。
オイルの話もよく聞きました。どこどこのオイルが良い、あそこのオイルはクラッチが滑る、どこそこのオイルはパワーが出ない・・・。事の真相は分かりません。テストする余裕など、当然ありません。ただ、サポートして頂いていた事もあり、オイル交換は良くしました。
さて、肝心のお客様の15万キロエンジンですが、キャブジョイントは残念ながらヒビ割れで要交換です。しかしヘッドカバーを開けると、とても15万キロも走行したとは思えない、キレイなカムシャフトが現れました。カムホルダーにも、大きなキズはありません。
バルブリフタも、多少のオイル焼けはありますが、キズも無く良好な状態です。5万キロでもバルブリフタの交換が必要なエンジンを見てきましたので、素晴らしいと感じました。
燃焼室のカーボン量も、想像していたものよりずっと少なく、キレイな燃焼を感じさせる焼け具合でした。
セッティングの出ていないレーシングキャブレターを装着したエンジンでは、3万キロの走行でも、真っ黒なカーボンがピストンやバルブ、燃焼室にベットリと蓄積しています。しかしこのエンジンはノーマルキャブレター仕様ですので、良好な燃焼具合でした。
ただ、さすがに走行距離が多いので、バルブやバルブシートに虫食い状の跡が多数見られます。ここまでくると、バルブのすり合わせ程度では、バルブの密着はあまり改善できません。フェース研磨やシートカットで、良好な圧縮を蘇えらせることにしましょう。
ついでにヘッド面に多少の歪みもありましたので、0.1mm以下の指定で面研磨も実施しました。
面研磨とシートカット、ボルト抜き加工の終わったシリンダーヘッドです。このヘッドは、EXパイプを留めるスタッドボルトが、8本中4本も抜けませんでした。走行距離を考えれば、それだけ高温にさらされた時間も長い訳ですし、17年間の時間もあります。仕方ないでしょう。加工屋さんで合わせて抜いてもらいました。
こちらは、フェース研磨したEXバルブです。打痕もなくなり、キレイになっています。
INバルブも含め、全てのバルブがこの状態になっています。
この後、バルブのすり合わせをして、バルブシートとバルブフェースの当たりを作ります。
擦り合わせの終わったEXバルブです。
少し色が変わっている部分が、バルブシートに当たっているところです。
これで、良好な圧縮が蘇ることになります。
古いエンジンでは、エンジンの中でも重要なヘッド回りが、このように傷んでいる事は珍しくありません。
ただオーバーホールするだけでなく、出来ればここまで手を掛けて、本来の圧縮を取り戻したいところです。
シリンダーとピストン
ピストンヘッドのカーボンも、想像よりもずっと少ない状態です。ただ15万キロを走行する間に、このピストンはいったいこのシリンダーの中を何往復したのでしょう。
酷いトラブルは発生していませんが、ピストンには当たりや磨耗が認められます。シリンダーには、ボルトが折れて残っており、いつもの箇所のダウエルピンもサビて変形しており、抜けません。
XJR1300は、ヘッドのカムチェーン部前後に、細いスタッドボルトが2本ずつ入っています。シリンダーを貫通してナットで留められています。古い車両になると、このスタッドボルトが悪さをするケースが、思いの他多いのが現実です。
私は以前から、自分の車両にはこのスタッドボルトは使用せず、ただのボルトをシリンダー側(下側)から入れて留めています。頻繁にエンジンを開けるレース用エンジンでは、こうすることで作業性が格段に向上します。
ただし、ノーマルのオイルクーラーを使用している場合は、ホースクランプをこのスタッドボルトに共締めしますので、ボルトへの変更は出来ません。
今回のエンジン、実はシリンダーとヘッドが外れず、一緒にケースから取り外すハメになり、酷く難儀しました。原因は、このスタッドボルトでした。
シリンダー側はただ穴が開いているだけで、スタッドボルトは貫通しています。当然シリンダ側の穴には、スタッドボルトに対してクリアランスがあります。しかしこの部分のスタッドボルトが酷く変形し、シリンダーと固着して一体化しています。どうやっても抜けません。
最後は、何とかスタッドボルトを折ってシリンダーとヘッドを離しましたが、シリンダー側には折れたスタッドボルトが残っています。ダウエルピンも残っています。それらを取り除くにも、コストが掛かります。走行距離を考えれば、シリンダーも出来れば交換したいパーツです。
このピストンですが、走行距離が5万キロを超える車両では、交換したいパーツの一つです。通常のオーバーホール作業では、カーボンを落としてリングやクリップを新品交換しますが、ピストンは問題がない限り、再使用します。
ピストンだけの購入ですと、4つで約28,000円程度です。もちろんピストンを交換するには、別途ピストンピン、ピストンリング、サークリップも新品が必要になりますので、パーツ代だけで5万円程度は掛かります。
さてパーツリストを見ますと、XJR1300には『シリンダ、ピストンセット』なるものが存在します。私の記憶では、昔はこのようなセットはありませんでした。シリンダーとピストン4つのセットが、約74,000円で買えます。つまりセットで購入すると、メッキシリンダーの新品が5万円弱で買える計算です。これって、オーバーホールを検討されている方には、とてもお得だと思います。
走行距離が5万キロを超えている方、今後も長く乗り続けたいとお考えの方は、ピストンセットはお買い得ですので、検討する価値があります。
オーナー様にも「じゃあ、セットで新品にしましょう!」と言って頂けたので、シリンダーとピストンはセットで交換することにしました。
エンジン内部のキレイな理由
クランクケース内の様子はまた書きますが、とにかく全ての箇所が概ね良好でした。特にカムシャフト、バルブリフタ、カムジャーナル、各メタル、オイルパンなど、どこを見ても15万キロも走行したとは思えない程度の良さです。
オートバイは、それぞれ乗り方や仕様が違います。エンジンを回す方と回さない方では、バルブ回りの痛み具合も全く異なります。でも、それだけでは片付けられない程度の良さが、このエンジンにはあります。
なぜ、走行距離がここまで進んでいるのに、エンジン内部はこんなにも程度が良いのか・・・。それはひとえに、『オイル交換』だと思っています。
オイルの品質とオイル交換の頻度で、ここまで大きなトラブルもなく、良好な状態を保ってきたのだと感じています。
いくらオイル交換をマメにしても、低価格のチープなオイルを使っているようでは、ヘッド回りは簡単に傷みます。4万キロ走行でオイル交換をマメにしていても、バルブリフタやカムジャーナルがキズだらけのエンジンを見たこともあります。
安いオイルは安い仕事しかしません。安い理由が必ずあります。できれば高品質のオイルを3,000~5,000キロ程度で交換して下さい。外から見ても分かりませんが、エンジン内部の痛み具合は全く違ってきます。
高いオイルは、その分の仕事をしてくれます。